瞳のチカラ

 あの子が苦手だ。
 正確に言えば、あの子の瞳が苦手。
 大きくて澄んでいて、なのに強大な何かにフィルタリングされていて、私のココロを意地悪に見透かす、あの瞳。
 苦手を意識すればするほど、私のココロの中で何かが蠢く。
 それは、歓迎すべき正常な感覚なのか。
 それとも、真先に排除すべき異常な感覚なのか。
 判断ができないまま、私はあの子の部屋へ行く。

 「遅かったんだね」
 あの子の声。
 見下したような、度が過ぎて落ち着いている、男の子の声。
 「すみません、身仕度に手間取っていたものですから」
 私は頭を下げたまま、声の主の欠片すら視界に入れず、ただ喋る。
 「みじたく・・・ね」
 その声は、微笑みの口のイメージを私に投げつけて。
 私は黙って下を向いている。
 「そりゃ、倉庫であんなことをしていれば、「みじたく」に時間もかかるよね」
 熱が、私の顔に立ち上る。
 やっぱり−−−見られていた・・・!
 身体の全ての熱が、私の顔を目がけて上昇する。
 もちろん、私に発せるコトバなどない。
 あるはずがない。

 「僕はね」
 声が続く。私に絶望を渡す、声が。
 「僕は、君のことをずっと見ていたいんだ」
 その声は私の中を何度も往復し、私の精神を切り裂いていた。
 「だから、君がこのお屋敷から消えちゃう様な真似は、絶対にしないんだよ」
 もう・・・限界だ。
 「だからね」
 「おいたが過ぎますよ」
 目一杯の抵抗。相手はたかだか男の子。
 でも、今の私は相手のカタチに形振り構ってはいられない。虚勢を張るので精一杯だ。
 「そろそろお食事のご用意に掛からなければいけませんので」
 目を閉じてそこまで言い切り、立ち上がり。
 私は、私の脅威に背を向けた。
 その瞬間。

 「逃げるの?」
 ずき・・・ん。
 ココロの中で、何かが響いた。
 私の理性を何かが襲う。
 「無駄だよ、こっちを向いて」
 意地悪な声。
 私の背中に突き刺さる、あの瞳が発する視線。
 子供特有の半端に露出した肌が発する、淡い光のプレッシャー。
 鷲掴みにされたココロは、精一杯の抗いを見せる。
 なんてこと。相手はたかだか男の子なのに。
 少しませた程度の子供なのに。
 私は・・・私はこの子に何を期待してしまっているんだろう?
 「こっちを向いてよ」
 駄目だ。
 「言うことをちゃんと聞いたら」
 カラダとココロの、それぞれの意思が相反する。
 でも・・・
 「いじめてあげる
 私の抵抗は、全て無駄だった。

 背中を向けた私は、突っ立ったまま涙を流していた。
 私は、この男の子に完全に敗北したのだ。
 これから私がどんな扱いを受けることになるのか、今の私には分からない。
 だけど、私はそれを・・・とてもひどい扱いを受けることを、ココロの底から期待している。
 私は泣きながら、御主人様に向き直った。
 「良い顔・・・とっても」
 御主人様の微笑みは、既に子供の面影を残していなかった。
 
 あの子が苦手だ。
 正確に言えば、あの子の瞳が苦手。
 苦手なものに抗いながら、最後には服従を余儀なくされる快楽を、一体誰が否定できるだろうか。



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